熊野那智大社例大祭(那智の火祭/扇祭)2021年は果たして…
私たちが生まれた時から、当たり前のようにあった神事・お祭りをご紹介します。
「那智の火祭り」の歴史
正式名称は、熊野那智大社の例大祭で「扇会式」「扇祭」と言います。平成27年に「国の重要無形民俗文化財」に指定されました。歴史的には、いつから行われていたかは定かではないですが、江戸時代からあるということは伝えられています。
神武天皇東征の折り、那智の山に光り輝くものをみて、那智の大瀧にたどり着かれたとさています。その時に大国主命(オオクニヌシノミコト)の御霊代(みたましろ)として祀ったことが始まり。その守護のもと、神武天皇は無事、八咫烏の導きのもと、大和にお入りになったと「熊野那智大社社伝」には伝えられています。
317年、仁徳天皇の頃、那智山の中腹に社殿を移し祀ったとされているのが、今の那智大社の起源です。大国主命が祀られていたことから、国造りのに縁の深い12の神々が那智大社に祀られることになります。この時、元々の神とされていた大瀧を「別宮 飛瀧大神」として飛瀧神社としてお祀りになりました。
ですので、この「那智の火祭り」の意味合い・内容は、年に一度、熊野那智大社から、元々の源である「那智の大瀧」に12の神々を里帰り(渡御)させる神事なのです。
なぜ「扇祭」なのか。
その12体の神様が「扇神輿」という依代(よりしろ:神の宿る所)になっているからです。その形状は、約幅1m、長さ約10mの立板状の祭具で一般的な「神輿」とは形が違います。金地の扇に朱の日の丸が3つ書かれており、その扇が10枚と神鏡が取り付けられていてます。
なぜ「火祭り」なのか。
それはその12体の神様が渡御する那智の大瀧までの参道を、燃えさかる1体、50キロ以上もある12体の巨大な松明で先導し、清め払うからなのです。これを「御火行事」と呼ばれています。白装束を着た氏子さんたちが12体の神々が降りてくるまで、その参道の石段を降りては上り、降りては上りを繰り返し。その荘厳で、迫力のある光景が「那智の火祭り」と言われる理由のなのです。
【那智の滝鳥居 火付け場所】
12体の大松明を1番から12番まで使いの役・使い受け役が火を点火し順番に鳥居をくぐり御滝本神事の開始です。
火種は那智大社から火付け場所まで使い手が持ってきます。
扇神輿と大松明の両方で「ハリヤ」「ハリヤ」という威勢のいい掛け声も相まって迫力満点です。
松明に向かって、口から水を吹きかけるのは、松明が燃えすぎるのを防ぐためにおこないます。
こちらは「火落とし」。
松明が崩れて使い手に落ちないようにと首などにかかっている火の粉や炭を落とすために火落としをします。またパフォーマンスでもあります。
幻想的でダイナミックな「御火行事」は、火付けから、那智の大瀧の飛瀧神社に扇神輿がずらりと並ぶまで。その間、約30分です。
その後、「御瀧本大前の儀」、「御田刈式・那瀑舞」が行われて、最後は、那智大社の方へお帰りになる流れとなります。
いつ行われているか。
この那智の扇祭は、毎年7月14日に行われています。
神事自体は午前10時からスタートです。クライマックスである「御火行事」はだいたい14時くらいですので、ほぼ1日がかりです。
大まかなスケジュールは次の通り。
10:00 御本社大前の儀【場所】熊野那智大社
11:00 大和舞【場所】熊野那智大社特設舞台
11:30 那智の田楽(ユネスコ無形文化遺産)【場所】熊野那智大社特設舞台
12:15 御田植式【場所】熊野那智大社
13:30 伏拝扇立神事【場所】伏拝み
14:00 御火行事【場所】飛瀧神社/那智の滝
14:20 御瀧本大前の儀【場所】飛瀧神社/那智の滝
14:50 御田刈式・那瀑舞【場所】飛瀧神社/那智の滝
15:30 扇神輿還御祭【場所】熊野那智大社
年間の最高見学者数は5000人。今では平均3000人くらいです。2020年は新型コロナ感染防止のため、一般観覧が中止となり、関係者のみで行われました。それでも「那智の扇祭」の関わる人達は、那智山住民や那智勝浦町の住民であり、総勢100人~120人近くになります。
2021年もまだ新型コロナの脅威が続いております。今年の那智の火祭りもどうなるか分かりませんが、状況が分かり次第、こちらのブログ、新着情報でも発信していきたいと思います。
こちらのサイトでも随時情報を発信しています。
那智勝浦町サイト
https://www.town.nachikatsuura.wakayama.jp/
当館も本来であれば、火祭りのお客様や祭り関係者の拠点の宿として二日間賑わうのですが、今年はどうでしょうか。しっかりと、感染予防対策を行いながら、コロナの収束を祈るばかりです。